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肺ガンになりやすいタイプの遺伝子?

 喫煙は習慣になりやすいものです。それには、タバコに含まれるニコチンが大きな役割を果たしています。人の脳内には「ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)」というものがあり、これには本来、神経伝達物質であるアセチルコリンが結合しますが、ニコチンも結合できるうえに、より分解されにくいのです。そのためニコチンが結合すると、受容体を介したドーパミンなどの「快楽物質」の過剰放出を引き起こします。また、これが常態化すると、神経伝達に関して様々な変化が起こり、ニコチンなしでは落ち着かなくなってしまいます。
 さらに、ニコチンで活性化されるnAChR経路は、肺ガンとの関連性も指摘されています。この経路は、ガン細胞の増殖・生存・移動・侵入および腫瘍性血管形成などに関わり、肺ガン細胞のアポトーシス死を抑制するとも言われています(1)。

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肺がんに関する3つのゲノムワイド関連解析

 SNP(一塩基多型。ゲノム上で個人差が見られるような位置)が特定の病気と関連している例は多く知られています。最近、ゲノム全体のSNPの調査から、肺ガンと非常に関係が強いSNPを第15染色体長腕上(15q24-25.1)に見出したという報告が、Nature誌に2報、Nature Genetics誌に1報、ほぼ同時に掲載されました。そしてそこは、複数のnAChR遺伝子が乗っている場所だったのです。  これらの研究は、ゲノムワイド関連解析 (GWAS:Genome-wide association study)という手法によって行われました。その一つ、デコード・ジェネティクス社のThorgeirsson(2)によれば、そのSNPはCHRNA3というnAChR遺伝子座の内部にありました。そこの塩基はGであることが多いのですが、喫煙者について調べると、それがTの場合には一日の喫煙本数が多くなる傾向が極めて強く観察されました。また、肺ガン(および末梢動脈疾患)患者には、塩基Tの人が有意に多かったそうです。つまり、塩基Tの人はニコチンに依存しやすいため喫煙量が多くなり、その結果肺ガンになりやすいという結論です。

   一方、国際ガン研究機関(仏)およびカリフォルニア大学のHungらの論文(3)では、そのようなSNPはCHRNA5というnAChR遺伝子座に2つ見つかり、その1つはnAChRタンパク質のアミノ酸を指定している領域にありました。通常そこは塩基Gでアスパラギン酸を指定していますが、これがAの人ではアスパラギンを指定し、肺ガンになりやすい傾向がありました。このアスパラギンへの変異は、nAChRの機能に大きな影響を与える可能性があるそうです。Thorgeirssonらの研究とは異なり、この変異(およびもう1つのSNPにおける変異)はニコチン依存を引き起こさず、また非喫煙者にも同じように肺ガンを誘発します。テキサス大学のAmosらも第15染色体に肺ガンと関連する2つのSNPを見つけました(4)。前者はThorgeirssonらが見つけたもの、後者は Hughが見つけたものの1つと同じです。彼らの結論は、これらのSNPにおける塩基の型と肺ガンの間には強い相関があるが、塩基の型とニコチン依存の間には弱い相関しか認められないというものでした。

研究の結論比較と今後の課題

 今回の3つの研究では、塩基の型だけで肺ガンが誘発されるのか、喫煙習慣を経由して誘発するのかについて結論が異なりました。前者はHungらの結論であり、そしてAmosらの結論もこちらに近いでしょう。後者はThorgeirssonらの結論になります。問題は、同じSNPについても結論が異なることです。3つの研究から出された結論については、サンプル数、特に非喫煙者のものを増やした更なる調査で確認を行う必要がありそうです(5)。また、欧米人のデータに偏っている傾向もあるので、世界規模でサンプルを集めるべきでしょう。

今回の研究の意義

nAChRが喫煙習慣や肺ガンと関係があるらしいことは、先行研究でもある程度判明していました。しかし、今回の3つの研究は、環境要因(喫煙)が強い影響を与える病気において、ゲノムを利用して原因となる遺伝因子を特定した最初の研究という意味で注目されるものだと言えます(5)。

引用文献とその解説記事

(1)Lam DC et al. (2007) Cancer Res. 67, 4638-4647.
(2)Thorgeirsson TE et al., (2008) Nature 452, 638-641.
(3)Hung et al. (2008) Nature 452, 633-637.
(4)Amos et al. (2008) Nature Genet. doi:10.1038/ng.109
(5)Chanock SJ & Hunter DJ (2008) Nature 452, 537-538.

執筆

隈啓一(国立情報学研究所)

編集

薦田多恵子・小林悟志・ 藤山秋佐夫
(2008年06月記載)