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ヒトとチンパンジーで差の大きいY染色体、詳細に解析される!

 2005年には、アメリカのチームによって、チンパンジーの全ゲノムが解読されましたが、今回、日本の理化学研究所を中心とするチームによって、チンパンジーのY染色体が詳細に読まれ、ヒトのY染色体と比較されました。プロジェクトの中心的な役割を果たした、理化学研究所ゲノム科学総合研究センターの黒木陽子研究員にお話を伺いました。

なぜY染色体が解析されたのでしょうか?

 日本は、アメリカのチンパンジー全ゲノム解読に先立ち、2002年にヒトとチンパンジーのゲノムの差がわずか1.23%であることを明らかにしています。このときには、チンパンジーの各染色体(23番、X、Y)のそれぞれ一部の配列が、決まった長さずつ読まれ、対応するヒトのデータと詳細に比較されました。また、この比較解析では、ヒトとチンパンジーで、Y染色体の構造に大きな違いがあることが示唆されました。

 さらに日本チームは、2004年に、チンパンジー22番染色体を99.998%という高精度で解読しました。チンパンジー22番染色体はヒト21番染色体(すでに完全解読されています)に対応するもので、こちらも詳細な比較が行われました。その結果、互いに対応する部位での塩基配列のちがいが1.44%ほどであることがわかりました。
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ゲノムビューアで見たチンパンジーY染色体SRY遺伝子領域。


 「こうして常染色体が詳細に比較解析され、次のターゲットが性染色体であるY染色体に定められました。ヒトとチンパンジーで、Y染色体がどの程度ちがうのかを詳細に調べることになったのです」。黒木研究員は、今回のプロジェクトのきっかけについて、そう話します。

Y染色体はどのような染色体ですか?

 染色体の数は生物の種類によって決まっており、ヒトでは46本、チンパンジーでは48本です。このうち、オスかメスかといった性に関わるX染色体とY染色体を性染色体といい、それ以外を常染色体といいます。常染色体は、両親から1本ずつ譲り受けるために、各染色体が2本ずつ対になって存在します。ところが、性染色体の場合、オスは母親からX染色体を、父親からY染色体を、それぞれ1本しか譲り受けません(メスはX染色体を両親から1本ずつ、計2本譲り受けます)。

 常染色体はペアとなる相手がいることから、卵子と精子が受精して新たな1対の染色体になる際に、染色体の一部に組みかえを起こします。性染色体においても、女性はX染色体を対でもつために、組みかえが起きますが、父親からのみ受け継がれるY染色体は対を組む相手がいないために、そのほとんどの領域で、ほかの染色体のような組みかえは起きません(「偽常染色体領域」というごく一部では組みかえがおきます)。「今回、組みかえをおこさない唯一の染色体であるY染色体が、どのようなゲノム進化を経てきたかのかについても探りたいと思いました」と黒木研究員。

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解析の結果、どのようなことがわかりましたか?

 X染色体とY性染色体は、もともとは対をなす全く同一の常染色体だったのではないかと考えられています。X染色体とY染色体では、部分的によく似た配列が多くみられ、X染色体にある遺伝子と同じ遺伝子がY染色体上では機能しなくなっている例(偽遺伝子)もあることなどが、主な根拠となっています。

 今回、詳細に配列が読まれたのは、チンパンジーY染色体の約半分に相当する12Mbの領域です。とくに、まったく組みかえをおこさないとされる「Y染色体に特有の領域で、X染色体と部分的に相同な配列をもつ部分」が対象にされました。Y染色体のゲノムサイズは、ヒトにおいて個人差がとても大きいことがわかっていますが、チンパンジーでは平均で23Mbほどの大きさではないかといわれています。ヒトでは平均60Mbですので、ヒトのY染色体の方が約2.6倍も大きいことになります。

 今回チンパンジーで読まれた12Mbの領域からは、19個の遺伝子がみつかりました。黒木研究員は「そのなかには、オスの性分化に関わる遺伝子として有名なSRY(さらに詳しくSRY)や、精子形成の関連遺伝子などが含まれていました。常染色体やX染色体とちがい、生命を維持するために必要な遺伝子はほとんどなく、オスに特有の表現型に関わる遺伝子が存在していました」とコメントします。

 ヒトで同じ領域をみてみると、20個の遺伝子が存在していました。チンパンジーがもっていた19個については、ヒトにもありましたが、そのすべての遺伝子でアミノ酸が変化する塩基置換がおきていました。「残りの一つはCD24L4という遺伝子で、ヒトだけにみられ、チンパンジーにはありませんでした。CD24L4遺伝子は、免疫細胞であるT細胞の表面で発現する遺伝子で、感染症やがんの転移に関わると考えられていますが、ヒトの6番染色体にも似た遺伝子があり、Y染色体のCD24遺伝子がどの程度機能しているのか、はっきりとしたことはわかっていません」と黒木研究員。

 12Mbのうち、ヒトにも対応する11Mb弱の領域について、両者の塩基配列を比較したところ、そのちがいは1.78%であることもわかりました。これは、全ゲノムのちがいの平均が1.23%であること、チンパンジー21番とヒト22番染色体のちがいが1.44%であることを考えると、かなり大きな値であるといえます。「このことからも、Y染色体が独自の進化を遂げ、その変化速度が速かったことが伺えます」と黒木研究員。

 そのほか、ゲノム中でよくみられる反復配列(さらに詳しく反復配列)についても調べられ、ヒトとチンパンジーでは、挿入されている反復配列の種類が異なっていることがわかりました。「ある種の反復配列はヒトゲノムではほとんどみられず、チンパンジーゲノムだけで多く確認されました。こうした配列は、約500万年前にヒトとチンパンジーが分かれた後で、なんらかのレトロウイルス(さらに詳しくレトロウイルス)によってチンパンジーだけにもたらされ、ゲノム中で爆発的に増えたと思われます」と黒木研究員。ただし、このような反復配列がゲノムの進化にどのような影響を与えたのかは、よくわかっていません。

性染色体はどのようにして誕生したのでしょうか?

 相同染色体の間で起きる組みかえの機構は、ゲノム上に好ましくない変化がおきたときに、それを修復したり淘汰したりする役目をもっているのではないかと考えられています。対をなさないY染色体には、このような機構がはたらかないので、変化がおきやすく、それが残りやすいといえます。「今から3億年ほど前、X染色体とY染色体がまったく同じ染色体だった時代に、その一方にだけに性の決定に関わるSRY遺伝子が入り込み、その染色体が現在のY染色体へと進化したと考えられます。その結果、Y染色体の進化速度が有意に速くなり、そのサイズにも個体差がもたらされたのでしょう」と黒木研究員。

 今回の解析には含まれていない領域には、回文構造とよばれる特徴的な配列部位が存在し、黒木研究員はこうした領域のさらなる解析を進めています。一方、アメリカでは、日本のチームとは異なるチンパンジーの個体を用いて同様の解析が進められており、黒木研究員は「チンパンジー間で、配列の個体差といった多様性が見られることが予想され、成果が楽しみです」とコメントしています。

 もう一つの性染色体であるX染色体については、今のところ日本で解読される予定はありませんが、ドイツが解読の意向を示しており、すでに日本チームが作成したチンパンジーゲノムのサンプルが送られているそうです。各国が協力して解析を進めることにより、謎の多い性決定のメカニズムや性染色体の進化にせまる成果が期待されます。

原著論文

Kuroki, Y. et al.Nature Genetics, 38: 158-167.(2006)

参考リンク

理化学研究所 RIKEN:ゲノム科学総合研究センター
ネイチャーWeb Focus Chimp Genome:Nature :Web focus

構成・執筆

西村尚子(サイエンスライター)

編集資料作成

小林 悟志 ・ 藤山 秋佐夫 (国立情報学研究所)
(2006年10月記載)