増収遺伝子の発見で「スーパーコシヒカリ」への第一歩
| 人類は5000年以上にもわたって、イネを栽培し、日常の糧にしてきました。その品種数は今や12万種に上るといわれ、栽培に適した温度や湿度、塩分濃度、実る粒の数、背丈などは実にさまざまです。2005年6月、名古屋大学・生物機能開発利用研究センター芦刈先生らの研究グループは、理化学研究所、ホンダリサーチインスティチュート・ジャパンと共同し、世界ではじめて、イネの収量を増やす遺伝子を突き止めました。その遺伝子を導入したコシヒカリは、収量が35%増し、味覚も、従来のコシヒカリと変わりがなかったということです。グループの名大・教授・松岡先生に話をお聞きしました。 |
35%増収のコシヒカリ (写真・名大・生物機能開発利用研究センターホームページより) |
イネは、大きく、アミロースの含量が少ないジャポニカ米と含量の多いインディカ米に分けられ、日本で好まれるコシヒカリやあきたこまちなどは、すべてジャポニカ米です(参考・コラム-イネゲノム解読を読む)。2004年、ジャポニカ米である「日本晴」を用いてイネのゲノム配列が完全解読され、イネゲノムの全長は約3.9億塩基対であることがわかりました。このサイズは、穀物としてはかなり小さく、遺伝子数は予測をあわせて4万個であることなどがわかりました。
一方、以前から、インディカ米のハバタキという品種が、「実の量が多い」「実が多くても倒れにくい」という特性を兼ね備えていることが知られていました。この2つの形質を決める遺伝子を突き止めて、それをコシヒカリでも利用しようとしたのが、今回の研究の始まりでした。
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2005年8月にNature誌(Nature436, 793-800, 11-Aug-2005)にイネゲノム解読の論文(図・左)が、国際コンソーシアムによって発表された。解析の結果、37544個のタンパク質をコードする遺伝子が発見された。 日本はイネゲノム染色体12本のうちの半分6本を担当した。(参考 農業生物資源研究所・研究成果情報・イネの全ゲノム塩基配列情報の完全解読) |
収量は「メンデルの遺伝」のように単一の遺伝子で決まるものではなく、多くの遺伝子が複雑に作用した結果決まっています。このように、1つの形質が複数の遺伝子によって決まる場合、それらの遺伝子を総称して「QTL遺伝子」とよびます。これまで、このような複雑な遺伝をするQTL遺伝子を取り出し、そのはたらきを調べることは非常に困難で、収量に関わるような農業上重要な遺伝子の解析に成功した研究者はいませんでした。
今回、松岡先生らは、コシヒカリとハバタキを交配させ、両者の実(子世代)をさらに栽培し、その実(孫世代)を分析しました。すると、孫世代には、「こしひかりよりも小さく、収量も少ない個体」から「ハバタキよりも背が高く、収量も多い個体」まで、連続的にさまざまな個体があらわれました。
これらの個体を解析したところ、全部で12本あるイネ染色体上の5か所に、「実の数を制御している遺伝子」があるらしいことがわかりました。この5か所のうち、ハバタキ側の染色体にあったのは、2か所だけでした。つまり、「ハバタキは、コシヒカリよりも2倍も収量が多いのに、2つの増収遺伝子しかもたない」ことになり、ハバタキがもつ遺伝子の増収効果が非常に強いことが示唆されました。さらに解析を加え、ハバタキの2つの増収遺伝子のうち「より効果の強い遺伝子」が、1番染色体の短腕にあることが、ようやく突き止められました。
QTL解析で、実の数に関係するのは1番染色体の短腕ということがわかりましたので、「1番染色体の短腕部分のみがハバタキで、そのほかの部分はすべてコシヒカリ由来の染色体」というイネを育てることにしました。方法は育種の技術を利用し、まず、コシヒカリとハバタキを交配して「50%がコシヒカリ、50%がハバタキ」のイネを作り、そこにコシヒカリを交配する「戻し交配」を5世代ほど行って、「1%がハバタキ、99%がコシヒカリ」のイネの実を大量に作り出しました。その中からイネゲノムの一塩基多型(SNPs)を目印として使い、1番染色体の短腕部分のみがハバタキというイネを選抜したのです。それを育ててみると、そのイネに実った粒は、従来のコシヒカリよりも30%以上多いことが確かめられました。
一方で、松岡先生らは、「実が多いということは、花の数が多いということだろう」との予測を立てていました。そこで、コシヒカリとハバタキの花で発現している遺伝子をすべて調べ、その発現量を比較してみました。その結果、コシヒカリとハバタキで発現量のちがいがみられる遺伝子はただ1つ、「サイトカイニンという植物ホルモンを分解する酵素の遺伝子(OsCKX2遺伝子)」だけであることがわかりました。そして予想通り、この遺伝子が1番染色体に存在する、QTL遺伝子だったのです。
サイトカイニンは、芽を分化させたり、「わき芽」を増やす遺伝子です。この遺伝子がはたらけば、より多くのわき芽ができて、そこに多くの花がつき、実となります。逆に、OsCKX2遺伝子がたくさん合成されてサイトカイニンが分解されると、結果として、芽の数が減って実も少なくなるしくみだったのです。
ただし、収量だけを増やすと、背の高いコシヒカリは、実の重さに耐えきれずに倒れてしまいます。松岡先生は、OsCKX2遺伝子に用いたのと同じ方法で「背丈を低くする遺伝子」を突き止め、それをコシヒカリに導入することにも成功しました。(さらに詳しいOsCKX2遺伝子の解説)
中国には、さらに収量の多い品種があり、OsCKX2遺伝子がまったく発現していないものもあるといいます。松岡先生は、こうしたイネの遺伝子解析を進めるとともに、乾燥や塩分濃度などの環境ストレスに耐えることのできるQTL遺伝子を探していきたいと考えています。今回のようなQTL遺伝子解析は、他のあらゆる生物に応用することができると考えられます。たとえば、花の多い観賞用植物なども育成可能かもしれません。また、多くの倫理問題がありますが、技術的には優良な家畜や競馬馬の育成も可能だと思われます。そう遠くない未来に、「収量が多く、乾燥や低温にも耐えるスーパーコシヒカリ」が店頭に並ぶかもしれません。
(投稿 2005年8月 ・掲載 2005年11月)
NHKデジタル教材 「おこめ」
写真で学ぶイネの品種改良 (東北農業研究センター・イネ育種研究室)
子供のための農業教室 (農林水産省)
稲作技術のポイント (JA防府とくじ農業協同組合)
平成17年産水稲の作付け面積及び予想収穫量(農林水産省大臣官房統計部)
イネの基礎 (イネの総合データベースOryzabase)
名古屋大学・生物機能開発利用研究センター・植物分子育種分野・教授・松岡信先生
西村尚子(サイエンスライター)
川本祥子(国立情報学研究所)
(2005年11月記載)




