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真核生物誕生の鍵をにぎる「シゾン」のゲノムが解読されました

 2004年4月、「最小の真核生物」といわれる原始的な植物「シゾン」のゲノムが、日本独自のプロジェクトにより完全解読されました。約20億年前に誕生したと思われるシゾンは、現在の地球で繁栄を遂げているさまざまな真核生物の起源にあたると考えられています。プロジェクトを推進した立教大学の黒岩常祥先生にお話をうかがいました。
左はシゾンの蛍光顕微鏡写真 クリックで拡大。提供:黒岩先生

原始紅藻(シゾン)とはどのような生物ですか?

 シゾンは、温泉のような高温、高硫黄、酸性の環境に生息し、赤色の葉緑体(色素体)による光合成を行う微生物です。直径は1.5〜2マイクロメートルほどで大腸菌程度の大きさですが、細胞核ミトコンドリア葉緑体、小胞体、ゴルジ体、マイクロボディ(ペルオキシゾーム)を一つずつ、リソソームを数個もっていて、コンパクトながら、真核細胞に共通する基本的な構造をすべて備えています。
 地球の生命はおよそ38億年前に誕生したといわれます。シゾンが誕生したのは、その後18億年を経た、今から約20億年前。シゾンは、ゲノムが核膜で覆われた「核」と、最少の遺伝子をもつ「最古の生命体」であると考えられています。
(黒岩先生の話をさらに詳しく→太古の原核生物の姿

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なぜシゾンのゲノムが解読されたのでしょうか?

 これまでの研究で、原始的な原核生物から、まず真正細菌群と古細菌群が分かれたと考えられています。真正細菌群から分岐したαプロテオ細菌は、古細菌群から進化した真核生物を宿主に共生しはじめ、やがてATPを合成するだけのミトコンドリアになったと考えられます。 (黒岩先生の話をさらに詳しく→宿主の戦略

 共生による進化を研究する上でも、細胞そのものを研究する上でも、私はオルガネラの分裂の仕組みを研究することが、とても重要だと考えました。しかし地球の生物界の大半を占める動物、植物、昆虫などは、一つの細胞内に数百から数千ものミトコンドリアをもち、各々がランダムに分裂しているために研究しずらい。その点シゾンは、ミトコンドリアや葉緑体といった細胞小器官をほぼ一つずつしかもたず、好都合でした。私はシゾンを使って、ミトコンドリアの巨大な分裂装置を発見し、さらに葉緑体の分裂装置もみつけました。その後、各々のタンパク質のアミノ酸配列から遺伝子を同定しようとしましたが、タンパク質があまりにも微量なためにうまくいきませんでした。そこで、シゾンのゲノム解読をしたいと思うようになりました。(黒岩先生の話をさらに詳しく→ゲノム解読のきっかけ

 このような状況のなか、2001年4月に、日本単独でシゾンの核ゲノムを読むプロジェクトが始まりました。2003年8月に解読作業が終了し、2004年にNature誌で発表したときには46か所のギャップがありました(解読率99.98%)が、その後の作業で、今ではテロメアを含め100%が解読されています。つまり、シゾンは日本の研究者だけによって完全解読された初の真核生物ということになります。ミトコンドリアと葉緑体に残されたわずかなゲノムについては、私の研究室で1998年に解読しているので、今回の核ゲノムの解読で、シゾンがもつゲノム情報のすべてが明らかにされたことになります。

解読の結果、どのようなことがわかりましたか?

 ゲノムサイズは約1650万塩基対で、ヒトゲノムの約200分の1の大きさでした。遺伝子は5331個みつかり、そのうちの75%は他の生物にもみられる遺伝子、15%はシゾンに固有の遺伝子でした。5331個のなかには、ヒトの遺伝子とよく似た配列も多くありました。

 また、イントロンが26個しかないことがわかりました。ゲノムサイズがほぼ同じである真核細胞の分裂酵母菌が約4000のイントロンをもつことを考えると、非常に少ない数だといえます。さらに、ヒトには3000〜4000コピー存在する「リボゾーマルRNAを作る遺伝子」が、シゾンには3コピーしかありませんでした。しかし、それでも核小体を形成しています。シゾンが真核生物としてきわめて単純な生き物であることが、ゲノムレベルでも明らかにされたことになります。

 さらに、シゾンは細胞分裂においても原始的なしくみをとどめていることもわかりました。一般の細胞質分裂ではミオシンやアクチンからなる収縮リングが必要ですが、シゾンゲノムにはミオシン遺伝子が発見されず、アクチン遺伝子は持っていても働いていない遺伝子だったのです。それでもきちんと細胞質分裂がおこるのはなぜなのでしょう。他にもシゾンにはまだ、多くの興味ある問題が残されています。(黒岩先生の話をさらに詳しく→シゾンの細胞分裂

シゾンゲノムの情報はどのように利用されるのでしょうか?

 現在、細胞生物学の研究がゲノム研究に発展し、その成果が生命のさらなる理解のために還元されはじめています。また、各種生物のゲノム情報を比較し、互いのゲノムや現象の共通性をさらに理解しようとする試みがなされています。シゾンで解明されたミトコンドリアや葉緑体の分裂機構および関連遺伝子は高等植物にも存在することがわかっているので、シゾンゲノムはすべての真核生物にとっての基本情報になると考えられています。とりわけ、シゾンにはイントロンがほとんど無いために、1つの遺伝子から「転写→翻訳→代謝」という一連の生命現象をシステムとして追えるメリットがあるのです。(黒岩先生の話をさらに詳しく→(イントロンの無いシゾンはオミクス解析の好材料

 今回のゲノム解読によってミトコンドリアと色素体の分裂に関わる遺伝子がみつかりましたが、今後はこのような遺伝子を制御して、葉緑体の数が多くCO2をより多く固定する植物や、より収量の多いの穀物を育成することも可能だと思われます。細胞分裂に関わる遺伝子は、がん研究の分野でも注目されています。シゾンが45℃、pH1.5の高温強酸性、かつ高金属という過酷な極限環境に適応して生きているという性質の利用もありえるでしょう。CO2による地球温暖化、SO2による酸性雨は、予想をはるかに越えて進んでいます。シゾンが継承する耐高温や耐強酸性遺伝子を同定し、それを地球環境変動に適応した植物の育成に利用することもできるはずです。

参考リンク

シゾンゲノムプロジェクトホームページ 論文や最新のデータを公開 
立教大学・細胞生物学(黒岩)研究室
JT生命誌研究館 サイエンティストライブラリ 黒岩先生の項
温泉の生物イデユコゴメ-温泉生物学草津温泉「温泉観光士協会」

インタビューご協力

黒岩常祥先生(立教大学理学部生命理学科教授・東京大学名誉教授)

構成・執筆

西村尚子(サイエンスライター)
(2005年04月記載)