チンパンジーもあくびが伝染する?-あくびの伝染は共感する知性のあらわれ-
人は誰かがあくびをするのを見ただけで、なぜか自分もあくびをしてしまいます。チンパンジも隣のチンパンジのあくびを見ただけで、あくびをしてしまうのでしょうか。このほど、チンパンジにおけるあくびの伝染を証明する研究が、京都大学霊長類研究所のグループによって行われ英国王立協会報2004年7月21日号に発表されました。コラムでは松沢教授の研究と資料をもとに、あくびについて探ってみました。行われた実験は次のようなものです。大人の女性のチンパンジ6人に、あくびの様子が映っているビデオと、ただ口をあける様子を映したビデオを交互に見てもらい(それぞれ3分間)、その後各ビデオを見た後のチンパンジの様子を3分間観察し、その間のあくびの回数を数えることを2 x 4回繰り返すというものです。 その結果6人のうち、アイとマリの2人が、非常に高い頻度であくびのビデオを見た後にあくびをすることが観察されました。 6人の平均では、口をあけるビデオでは平均4.7回、あくびのビデオでは平均10回のあくびが観察されたことになります。また、6人のうち3人が連れていた3歳の子供のチンパンジにはあくびの伝染は見られなかったそうです。同様の実験をヒトで行った場合、42-55%のヒトにあくびが見られます。また4歳以下の人間の子供ではこの現象が見られないこともわかっています。今回の実験によって人間で観察された結果とほぼ同様に、チンパンジでもあくびが伝染することが確認されたわけですがこれはどういうことを意味しているのでしょうか。 |
チンパンジー・アイの実験の様子 あくびがとっても気持ちよさそう 京都大学・霊長類研究所 松沢教授提供の連続写真 |
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ヒトでは生まれる前 妊娠3ヶ月ぐらいの 胎児期の早い段階から あくびをするそうです |
私たちにとっては、非常に身近なあくびですが、その原因や理由についてはまだ詳しくわかっていません。あくびは、霊長類から、身近なところでは犬や猫、鳥にいたるまで多くの動物で知られていますが、伝染が知られているのは人間だけでした。 あくびによって私たちの体にもたらされる物理的な変化としては、大きく息を吸い込むことによって、横隔膜が下がり胸が拡張、肺に新鮮な空気が送られます。口や顔、首の筋肉を伸展させたり、また同時に手を伸ばしたりして体を動かすことによって、眠けを覚ましたりする効果があります。このような動作から、よく言われる原因として、脳の酸素不足や部屋の二酸化炭素濃度の上昇などがありますが、これについては実験であまり関係ないことが証明されています。 |
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神経解剖学的には、視床下部の傍室核という場所があくび中枢であると考えられています。この場所は脳内からの種々の刺激を受けて副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを分泌し、脳下垂体に働いてホルモンの分泌を促すなど、ストレス応答にとても重要な働きをする場所として知られています。関係する物質としては、ドーパミン、オキシトシン、一酸化窒素などが多くの神経伝達物質や、神経ペプチドがあり、オピオイド(麻薬など)はあくびを抑制すると考えられています。ただ、あくびは私たち生き物の生存に必須とは言えないため、これら一連の脳内での連鎖反応はまだよくわかっていません。
このように個体におけるあくびの役割には不明なことが多いのですが、ヒトにおいてあくびが持つ行動学的、社会的な側面には非常におもしろいものがあり、今回の報告はそれらを明らかにするものの一つであると言えます。ヒトでは一般的に眠い時、退屈な時にあくびをすることが多いですが、それとは逆に極端な覚醒状態、例えばレースのスタート前の陸上選手や、演奏会前の音楽家など緊張した場合でもあくびは見られます。あくびが緊張や疲労を解きほぐし、また伝染することで集団内全体の状態を変える力を持っているわけで、ヒトでもチンパンジーでもあくびが社会で果たす役割は同じなのではないでしょうか。あくびの伝染は一種の他者への共感から生まれるものと考えられますが、他者を認識するということは自己認識能力が確立しているということでもあり、チンパンジは人間と同様、これらの社会的な知性と、それを支える脳のメカニズムを持つということなのです。
今回の研究報告を見てもわかるように、チンパンジの行動や心理の研究から、私たち人間の本性とは何かをも探ることができると言えるでしょう。あくび以外にも、笑いや怒り、などについても調べることが可能かもしれません。また何より、私たちの愛すべき地球の友人であるチンパンジを、研究を通じてより理解し、失わないために研究者たちは日夜努力しています。京都大学霊長類研究所のページや、HOPEプロジェクト(人間の進化の霊長類的起源に関する共同研究)を訪ねてみることを是非お勧めします。
ところで、あなたはチンパンジのあくびが伝染するでしょうか。HOPEプロジェクトサイト(2004.7.23日付の記事)にビデオがあります。是非、試してみては?
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/hope/index-j.html
原文タイトル:Contagious yawning in chimpanzees タイトル:チンパンジーにおけるあくびの伝染について
著者:ジェイムズ・アンダーソン(英国スターリング大学)、明和(山越)政子(滋賀県立大学)松沢哲郎(京都大学霊長類研究所)
掲載誌Proceedings B (Proceedings of Biolocigal Sciences), 2004 Dec 7;271 Suppl 6
京都大学霊長類研究所
チンパンジーアイのページ
あくびの伝染について(英文)
チンパンジ22番染色体の解読の解説
チンパンジーゲノム配列(英文)
川本 祥子 (国立情報学研究所)
(2004年08月記載)


