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不思議生物-細胞性粘菌の謎にせまる (後編-ゲノム解読編)


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【細胞性粘菌】
和名をタマホコリカビという、単細胞のアメーバ。湿った土壌中や林の腐葉土の中などで細菌をえさに生活している。飢餓状態になると化学信号を利用して集合し多細胞体となり子実体を形成する。

【ゲノム】
ある生物を作り、維持し、増殖させるために必要な遺伝子の全体を指す。または、半数染色体の全体。ある生物の遺伝的特性全体を規定する遺伝情報の最小単位。

【cDNA】
読み:シー・ディーエヌエー。日本語では相補的DNAという。cはcomplementaly(相補的)の頭文字。一般には、ある一本鎖核酸に対して、AとT、GとCが対応し、2本鎖構造をとるDNA。または、mRNAを鋳型として逆転写酵素で合成したDNAのこと。

【A+T含量】
DNAはA(アデニン)G(グアニン)C(シトシン)T(チミン)の4塩基で構成されていて、AとT、GとCが水素結合でペアとなる。生き物のゲノムでは塩基組成がどちらかにかたよっているものがあり、GC含量が高いとかAT 含量が高いなどと表現する。

【HAPPY MAP】
ゲノムの地図作成方法の一つ。クローニングが不要で手軽なところが利点。一倍体ゲノムを適当な長さに切断し、何段階にも希釈した溶液を作製して、ある目印(マーカ)と目印が同じ溶液に含まれているかどうかをPCRで決定する。同じ溶液に含まれていれば、その目印どうしはゲノム上、近傍にあるとみなし、(実際には複雑な計算)地図を作成する。断片的に解読された塩基配列を、つなぎあわせるのに利用されたりしている。

【繰返し配列】
リピート配列、反復配列とも呼ばれ、特定の塩基や、塩基配列が繰返し出現する現象と、その配列のことを指す。短いパターンが何度も繰り返すタイプのもの(例CAG CAG CAGのような)から、数千塩基対に及ぶウイルスの残骸のような配列まで、種々のタイプのものがあり、ゲノムの構造や複製、進化に深いかかわりがあると考えられている。ヒトゲノムでは全体の35%が繰返し配列。ヒトで最も数の多い繰返し配列はAlu配列(300塩基弱)で100万コピーがゲノム中に散在している。

【多重遺伝子】
ある1つの祖先となる遺伝子から、遺伝子重複によって複数となった遺伝子群のこと。増えた遺伝子は、アミノ酸の置換が起こり、元の遺伝子とは異なる発現や機能を獲得したものも多く、生物進化の原動力ともいえる。嗅覚受容体の遺伝子群などが有名。

【ポリケチド合成酵素】
脂肪酸を重合させて多様な物質に変化させる酵素。ポリケチドの化学式は(-CO-CH2-)n。菌類の作る抗生物質などの合成にもかかわっている。

【ABCトランスポーター】
ATP結合カセット(ATP-binding casette)を持ち、様々な低分子を膜を通じて輸送する輸送体タンパクグループの総称。ATPアーゼ活性持ち、多剤耐性における薬剤排出や、免疫反応におけるペプチド提示など多様な基質の膜輸送を行う。
【アクチン】
真核生物の主要なタンパク質の一つで、アクチン単量体が会合して繊維状のアクチンフィラメントを形成する。ミオシンと共に筋原繊維を構成し、筋収縮の主役として作用すると共に、細胞の運動や分裂、細胞骨格の形成にもはたらく。
【Gタンパク質結合型受容体】

【セルロース】
化合物で、グルコースが重合した物質。不溶性で植物の細胞壁などを構成する。

【酵母】
単細胞の菌類の種類。ビールやパンの発酵などに使われる。真核細胞のモデルとして利用され、出芽酵母と分裂酵母のゲノムが詳細に解析されている。

細胞性粘菌のゲノム解読にはどんな意義が?

さて、コラム前編では、細胞性粘菌が単細胞と多細胞の状態を行き来する、独特の生活環をもつ進化的に興味深い生物であることをご紹介しました。後編では、2005年5月5日発行の科学雑誌Natureに発表された、細胞性粘菌のゲノム解読結果の論文を中心に、細胞性粘菌の謎にせまります。ゲノムが解読されると、どんなことがわかるのでしょうか。(左図はNature表紙)


細胞性粘菌キイロタマホコリカビ発生の電子顕微鏡写真
 (出典・Dictybaseからのダウンロード)
(Drs. M.J. Grimson & R.L. Blanton の好意による)


国際共同組織による挑戦

細胞性粘菌の中でもDictyostelium discoideum(和名:キイロタマホコリカビ)という種のAX4株がゲノム解読の材料となりました。(ゲノム解読は細胞性粘菌研究者のコミュニティをあげての取り組みでした。1995年に日本が中心となって開始したcDNAの大規模解析が軌道に乗ったことに勢いを得て、1998年、ゲノム解読のための組織が独・英・米合同で各国政府からの援助を得て立ち上げられました。

 細胞性粘菌ゲノムはA+T含率が80%と高いために、決定された配列のつなぎ合わせが極めて困難でした。それを克服するために、6本ある染色体を1本ずつに分離してから配列決定を行うことに加えて、”HAPPY MAP”と呼ばれる、相互に位置関係のわかっているマーカーを大量に利用する方法を採用しました。

ゲノムに多くの繰り返し構造

細胞性粘菌のゲノムには、1塩基、あるいは3−6塩基の短い配列が繰り返されている領域が非常に多く、ゲノムの10%以上を占めていることがわかりました。普通このような繰り返し配列はタンパク質をコードしていない領域に集中しているのですが、細胞性粘菌ではコード領域にも比較的高頻度で見られ、アミノ酸組成やtRNAの使用頻度にも影響しているようです。もっと長い1000塩基程度の配列の繰り返しが集まっている部分が各染色体に見つかりました。この領域はセントロメアとして機能していると推察されています。また、rDNAは染色体上にマスターコピーがあり、増幅された何百ものコピーがつながって染色体外に存在するということ、さらに、各染色体の末端でテロメアとして働いているらしいという他の生物には見られない発見もありました。

遺伝子の数と特徴

いったいどれだけの遺伝子があればアメーバとして土壌中で棲息し、さらには多細胞化して細胞分化を成し遂げることが可能なのでしょうか。世界のゲノム解読の発端ともなった日本のcDNA解析プロジェクトでは、ゲノムから発現する遺伝子を集め、それぞれの遺伝子がいつ、どこで働くかを調べました(右の図)。その後ゲノムが解読された結果、塩基配列からの予測とcDNA解析結果をあわせると、細胞性粘菌の遺伝子数は約12,500個程度であると見積もられています。この数は単細胞アメーバとしてはかなり多く、多細胞生物のレベルに近いものです。
   個々の遺伝子のアミノ酸配列を調べると、12500の遺伝子のうち、約3500個は900種類のファミリーに分類できる、多重遺伝子であることがわかりました。二次代謝産物の合成に関わるポリケチド合成酵素、低分子物質の膜内外への輸送に関わるABCトランスポーター、細胞運動に関わるアクチンファミリーとその制御遺伝子等が新たに数多く発見されたのです。これらの遺伝子群は生息環境を反映しており、生態学的にも興味深いものです。細胞性粘菌は動物に類似したGタンパク質結合型の細胞表面受容体やプロテインキナーゼなどをもつ一方で、植物と同じようにセルロースを基本とした多細胞対構築の方式を採用しています。多細胞体制を構築する能力は植物や動物等の系統で独立に獲得され、それぞれの環境に適合するものが維持されたと考えられます。

進化上の位置・ヒトとの関係

 ゲノムの比較によって、細胞性粘菌の進化的位置がはっきりしました。それによると、細胞性粘菌は真核生物の系統で植物が分岐したのち、菌類と動物が分岐する前に分岐しています。ヒト遺伝子との類似性は細胞性粘菌の方が酵母菌よりも高いのですが、おそらく酵母菌の方が細胞性粘菌より世代時間が短く、その分変化の蓄積が速いためでしょう。ヒト病気の原因になるとされている287の遺伝子についてみると、1/4に近い64種類が細胞性粘菌に見出されています。単細胞である細胞性粘菌は酵母菌と同様に実験材料として扱いやすいので、今回のゲノム解析結果は医療の分野でも貢献すると期待されています。今後は同じアメーバでも病原性のあるアカントアメーバや、真正細菌、別種・別族の細胞性粘菌のゲノム解読も期待され、医療はもとより進化の問題もより一層明らかになっていくことでしょう。

細胞性粘菌の進化的位置を示した系統樹
(出典:Nature, vol435 から改変・漆原, 2005)

不思議生物に細胞性粘菌の謎にせまる (完) (前編へ戻る

寄稿 筑波大学大学院生命環境科学研究科
ゲノム情報・発生生物学分野
漆原秀子(うるしはらひでこ)

参考URL
原著論文「社会性アメーバであるキイロタマホコリカビのゲノム」Nature 435 pp43-57
漆原研究室 細胞性粘菌の解説や、研究成果、研究室の様子など
DictyBase 細胞性粘菌のゲノム・遺伝子情報の中心となるサイト。ゲノムブラウザは日本語表示される。
NCBI-ゲノム生物学-細胞性粘菌 米国立衛生研究所バイオテクノロジ情報センタの粘菌ゲノム情報


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