 遺伝子の数と特徴
いったいどれだけの遺伝子があればアメーバとして土壌中で棲息し、さらには多細胞化して細胞分化を成し遂げることが可能なのでしょうか。世界のゲノム解読の発端ともなった日本のcDNA解析プロジェクトでは、ゲノムから発現する遺伝子を集め、それぞれの遺伝子がいつ、どこで働くかを調べました(右の図)。その後ゲノムが解読された結果、塩基配列からの予測とcDNA解析結果をあわせると、細胞性粘菌の遺伝子数は約12,500個程度であると見積もられています。この数は単細胞アメーバとしてはかなり多く、多細胞生物のレベルに近いものです。
個々の遺伝子のアミノ酸配列を調べると、12500の遺伝子のうち、約3500個は900種類のファミリーに分類できる、多重遺伝子であることがわかりました。二次代謝産物の合成に関わるポリケチド合成酵素、低分子物質の膜内外への輸送に関わるABCトランスポーター、細胞運動に関わるアクチンファミリーとその制御遺伝子等が新たに数多く発見されたのです。これらの遺伝子群は生息環境を反映しており、生態学的にも興味深いものです。細胞性粘菌は動物に類似したGタンパク質結合型の細胞表面受容体やプロテインキナーゼなどをもつ一方で、植物と同じようにセルロースを基本とした多細胞対構築の方式を採用しています。多細胞体制を構築する能力は植物や動物等の系統で独立に獲得され、それぞれの環境に適合するものが維持されたと考えられます。
進化上の位置・ヒトとの関係
ゲノムの比較によって、細胞性粘菌の進化的位置がはっきりしました。それによると、細胞性粘菌は真核生物の系統で植物が分岐したのち、菌類と動物が分岐する前に分岐しています。ヒト遺伝子との類似性は細胞性粘菌の方が酵母菌よりも高いのですが、おそらく酵母菌の方が細胞性粘菌より世代時間が短く、その分変化の蓄積が速いためでしょう。ヒト病気の原因になるとされている287の遺伝子についてみると、1/4に近い64種類が細胞性粘菌に見出されています。単細胞である細胞性粘菌は酵母菌と同様に実験材料として扱いやすいので、今回のゲノム解析結果は医療の分野でも貢献すると期待されています。今後は同じアメーバでも病原性のあるアカントアメーバや、真正細菌、別種・別族の細胞性粘菌のゲノム解読も期待され、医療はもとより進化の問題もより一層明らかになっていくことでしょう。
細胞性粘菌の進化的位置を示した系統樹
(出典:Nature, vol435 から改変・漆原, 2005)
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