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不思議生物-細胞性粘菌の謎にせまる (前編-生態編)

Fruiting-bodies-D-discoideum
細胞性粘菌-子実体の写真。クリックで拡大します。
写真提供:漆原先生(秦敏宏博士撮影)

不思議生物-細胞性粘菌

粘菌」(ねんきん)は世界的に有名な博物学者・民俗学者の南方熊楠(みなかたくまぐす)が動物と植物の中間的な生き物として注目したことで知られていますが、これから述べるのはその巨大な多核単細胞生物となる真正粘菌ではなく、「細胞性」粘菌です。こちらも劣らず驚異的で、あるときは単細胞で生活しているアメーバが、多数集合して多細胞となります。そのしたたかな生存戦略とそれが意味する生物の本質、そしてまた研究対象としての有用性を紹介します。

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【粘菌】
粘菌というと一般的には真正粘菌を指す場合が多い。真正粘菌は変形菌類と呼ばれるように、単核のアメーバが細胞分裂をともなわずに多核の変形体となり、飢餓状態になると子実体を形成する。これと対照的に細胞性粘菌は多数の細胞が集合して子実体を形成するため、多細胞生物のモデルとなる。

【アメーバ】
単細胞の原始的な真核生物で、アメーバ類の総称。仮足をのばして移動をする。

【cAMP】
読み:サイクリックエイエムピー。アデノシンの3'位と5'位のOH基をリン酸がジエステル結合で結合した化合物。細胞内信号伝達(セカンドメッセンジャー)、誘引物質、遺伝子調節など多くの生体機能に関与する化合物。

【走化性】
移動能力を持つ生物が、化合物の濃度勾配に対応して移動する現象。濃度の高い方に向かう正の走性と逆の負の走性がある

【子実体】
一般的に菌類が胞子を形成するために作る傘と柄に分かれた構造を子実体という。身近な物では「きのこ」そのもののこと。

【有性生殖】
生物の増殖様式で、異なる性に分化した配偶体から形成される配偶子が合体し、新しい世代を作る生殖の方式。

【無性生殖】
生物の生殖で、配偶子を形成せずに行われる場合。分裂、出芽、挿し木など。



【レジオネラ菌】
土壌や水中など一般的な環境で生息しているグラム陰性桿菌。アメーバがえさとして捕食しても、分解されずアメーバを宿主として増殖する。人間が菌を吸い込むと肺炎を起こす場合がある。

【脱分化】
分化した状態にある細胞が、自然条件での再生や、クローン動物作成時のような人工的な処理により、分化前の未分化状態に戻ること。またはその過程。

【再生】
発生によっていったん構築された組織や臓器が、切除されても再び同様の構造を形づくる現象。イモリの尻尾や、肝臓の再生などが代表例。細胞増殖因子や、細胞接着因子が関与する。

飢餓(きが)を生き延びる

 細胞性粘菌は森林の土壌中に棲息し、細菌をえさとして分裂増殖するアメーバです。周囲の細菌を食べつくして飢餓状態になると、cAMPという低分子物質を分泌してそれに対する走化性で10万個ほどのアメーバが集合し、ナメクジ型の多細胞体になります。ナメクジが光に向かって移動し、地表に出たところで細胞が最終分化して胞子の塊とそれを支える柄からなる子実体と呼ばれる構造を形成します。胞子の塊は着色している場合があり、その色と子実体の形状からキイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)、ムラサキタマホコリカビ(Polysphodylium violaceum)などと呼ばれています。子実体形成の意義を考えてみましょう。土中で飢餓となったアメーバ集団は、そのままだと全滅します。それまで同等だった単なるアメーバの集団が、一部の細胞(柄になる細胞)の犠牲のもとに、残りの細胞(胞子になる細胞)に種を維持する役目を託すのです。ここには生殖細胞と非生殖細胞の分化、つまり多細胞体制の基本を見ることができます。

そして有性生殖も

 しかし、問題があります。胞子は乾燥には耐えますが、水没すると発芽してしまいますので、降雨時などには有効な生存戦略とはならないのです。この場合に知られているのが有性生殖です。多くの細胞性粘菌は冠水条件下で性的に成熟し、交配相手が近くにいれば融合して接合子となります。接合子はcAMPを分泌し、周囲の未融合細胞(細菌を食べつくして飢餓状態となり、cAMP受容体を用意しています)を自分の周りに集合させて取り込んでしまいます。これらの細胞は消化され、接合子が子孫を作り出すためのエネルギーを供給するわけです。接合子はやがてマクロシストと呼ばれる休眠構造となります。


細胞性粘菌の生活環
図提供:漆原先生(村本哲哉氏作成)
このように、細胞性粘菌はえさがあれば分裂増殖して数を増やしますが、環境条件次第で胞子形成、マクロシスト形成としたたかな生存の戦略をとります。どのような遺伝子レパートリーと制御の仕組みがあればそれらが実現できるのか、大変興味深いところです。

スーパーモデル生物

 細胞性粘菌の増殖や集合期に見られる活発な運動は、白血球などの細胞運動のモデルとしてさかんに研究されています。また、肺炎を引き起こすレジオネラ菌が細胞性粘菌を宿主とすることから、感染の仕組みや野外でのレジオネラ菌の生活環の研究材料などとしても利用されています。扱いやすい単細胞生物の中ではヒト遺伝子との類似性がきわめて高く、NIH(米国立衛生研究所)も医科学研究のためのモデル生物として挙げています。もちろん、細胞分化の研究に多用されていることは言うまでもありません。多細胞体を機械的にばらばらにすると再びアメーバとして増殖し(脱分化)、また、切断すると分化しなおして(分化の転換)小さな子実体を形成する現象は、再生現象のモデルとしても有用です。

研究者のコミュニティ

細胞性粘菌研究者はさほど多くありませんが、毎年夏に開かれる国際集会やメーリングリスト、DictyBaseという名前のホームページ等で密接に情報交換を行い、コミュニティとしての取り組みを進めています。日本でも1999年に細胞性粘菌研究会が発足し、同様の活動をしています。発生や細胞運動、薬剤効果を調べる研究に加えて、近年では数理モデルのターゲットとしても注目されています。2005年5月には国際共同研究によるD. discoideumのゲノム解読結果が報告されました。これを受けて、さらに今後の発展が期待されます。

細胞性粘菌の不思議な生態にゲノムからせまる(前編) 後編に続く

寄稿 筑波大学大学院生命環境科学研究科
ゲノム情報・発生生物学分野
漆原秀子(うるしはらひでこ)

参考URL
漆原研究室 細胞性粘菌の解説や、研究成果、研究室の様子など
DictyBase 細胞性粘菌のゲノム・遺伝子情報の中心となるサイト。ゲノムブラウザは日本語表示される。
NCBI-ゲノム生物学-細胞性粘菌 米国立衛生研究所バイオテクノロジ情報センタの粘菌ゲノム情報


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